【妊娠初期4】マヨチーズトースト


2024年正月。
心拍が確認できやっと妊婦になることができた田熊でしたが、妊娠6週から出血が始まり塩先生から自宅安静を言い渡されてしまいました。
クリニックから帰宅後、まずは仕事中のおっくんにLINEで報告。
自宅安静(ベッドでゴロゴロ)を言い渡されたので全ての家事をやってもらうことになると告げました。
「わかった!何か食べたいものある?」
と聞かれたのでなぜかそのとき頭に浮かんだ
「食パンととろけるチーズ」
をお願いしました。
次に職場の社長に新年の挨拶&妊娠&出血&明日から自宅安静(しかも期間未定)を電話で報告しました。
迷惑がられることを予想していましたがそんなそぶりはなく、
「やっとここまで来れたんだから大事にしないと」
と励ましの言葉をいただきました。
かくして突如始まった安静生活でしたが、田熊はその日、早速安静を破ることになりました。
夜、田熊は目を覚ましました。
枕もとのスマホを見ると時刻は午前2時。
田熊は不妊治療を始めてからなぜか就寝中に何度か起きてトイレに行くことが常態化していたので、いつもの流れでのそのそとトイレに行き、布団に戻りました。
しかしその日はいつもと様子が違いました。
トイレから戻りまた入眠しようとするも、眠れない。
お腹が空いてしまったのでした。
夜お腹が空いて眠れないなんてそれまで経験無かったし、2時だし、安静にしなきゃだし、そのうち眠れるだろうと目を瞑っていましたが一向に眠気はやって来ず、それどころかどんどん空腹が増して居ても立っても居られなくなり1時間の格闘の末、田熊は布団を抜け出しキッチンへ向かい、食パンにとろけるチーズを乗せ、その上にマヨネーズをかけてトーストするという、およそ35歳成人女性が深夜3時に食するのにおすすめできないお夜食をいそいそと作りました。
リビングで一人高カロリートーストを貪る田熊はそのときまだ知る由もありませんでしたが、それが食べづわりの始まりなのでした。
【妊娠初期3】医者の言う安静

妊娠6週で始まった出血は生理二日目程の量はないけれど減る様子もないままダラダラと続き、そのまま妊娠7週に突入しました。
問題のない出血なら1〜2日で終わるだろうと予想していた田熊は3日経っても終わる気配のない出血についに耐えきれなくなりクリニックに電話しました。
先に説明されていたとおり、いま受診しても出血をおさえる薬や処置などはなくエコーで子宮内を診ることしかできないけれどそれでもよければ来ますか?と聞かれました。
もはや精神がもたなくなっていた田熊は現状確認だけでもしないよりはマシ!と仕事を休んでクリニックへ向かいました。
エコーで確認すると、子宮内には胎嚢も、2本の足がはえた胎芽もはっきり見えて、心拍もちゃんとありました。
この時点で田熊はひとまずとてもホッとしたのですが、出血があるということは今後流れてしまう可能性も少なからずあるということ。
塩先生から
「血が出ている間は安静にしてください」
と指示が入りました。
そこで田熊の人生の中でこれまで安静という言葉についてちゃんと認識していなかったことに気がつきました。
激しい動きをしないというふんわりしたイメージしか持ち合わせていなかった田熊は塩先生に
「安静ってどこまでOKですか? 電車移動は大丈夫ですか? 仕事はデスクワークならできますか?」
と質問しました。
すると塩先生は一瞬、アチャーみたいな、呆れた様子が見てとれる半笑いを漏らした後、いつもの塩口調でこう言いました。
「医者の言う"安静"は、トイレ行く以外ベッドでゴロゴロです」
2024年が始まって一週間、田熊はまさかの寝たきり生活を開始することとなりました。
【妊娠初期2】血

2024年1月。
5回目の移植で心拍確認までたどり着いた田熊は、着床を助けるために毎日入れていた膣坐薬をストップして次の2週間後の受診を待つことになりました。
薬の助けが無くなるのは正直なところ不安でしたが、心拍確認という大きな壁を超えられたのだからきっと大丈夫…!
と信じて普段通りの生活を送ること、2日目。
出血しました。
最初はトイレットペーパーにうっすらピンクの色がついているようなついていないような?気のせいかしら?程度でしたが、すぐにおりものシートに明らかに血とわかるものがつくようになりました。
自身のホルモンの貧弱さに打ちひしがれつつ、とりあえずスマホで検索検索。
総括すると
「妊娠初期の出血は問題ないこともあれば、流産に繋がることもある。
どちらにせよ薬など医療の力でどうにかできるものではなく経過観察しかできない。
出血がダラダラ続いたり、生理二日目並の出血量があったらクリニックに電話してみて!」
とのことでした。
その時点では生理のときほどの出血量はなく、そもそもクリニックが定休日だったため田熊になす術もなく、トイレに行くたびに怖くて吐きそうになりながら家でじっとして過ごしました。
【妊娠初期1】自力

採卵8回、移植5回目で田熊はやっと妊娠に辿り着きました。
心拍を確認でき、塩先生からは次回2週間後の来院までに出産したい産院を決めるよう言われました。
また、それまで毎日入れていたルテウム膣錠の処方は終わりになると言われました。
そこで田熊は気がつきました。
これからは自分のホルモンだけで妊娠を継続させなければならないということに。
考えてみれば田熊は受精卵を子宮に戻して着床させて心臓が脈打つようになるまで、その間ずっと薬の力に頼り切っていたのです。
薬の力がなければ妊娠できなかったのに、薬をやめて妊娠継続ができるのだろうか…?
新たな不安が生まれましたが、田熊にはお腹の中にいるらしい赤ちゃんを信じることしかできることはないのでした。
【妊娠反応4】確定

田熊夫婦は予定していた実家への帰省をキャンセルし、好物のお寿司もローストビーフも生ハムも数の子もいくらも食べず、身体を冷やさないようにあまり外へ出かけもせずに、2024年のお正月を家で粛々と迎えました。
クリニックで血液検査での妊娠陽性判定をいただきましたが、田熊は自身の身体にそれらしい兆候を感じていませんでした。
強いて言うなら昼間でも少し眠たいくらい。
そのため早くエコーで診てもらって確証を得たい気持ちで頭がいっぱいで、クリニック休業の理由である正月という文化が邪魔くさくさえ感じるのでした。
三ヶ日が明けた2024年クリニック始業日。
営業開始時間とともにクリニックの扉を開け、採血をしてもらい、まだ正月モード漂ういつものカフェで1時間時間をつぶし、クリニックを再訪しました。
エコー後、田熊が診察室に入り椅子に座ると塩先生はペラペラの薄いポラロイド写真みたいなものを差し出しました。
「この黒くなっているところが胎嚢です。そしてこのポチッと白いのが胎芽というのですが、赤ちゃんですね。心拍も確認できました」
妊娠確定です、おめでとう、なんて塩先生はもちろん言わないので、田熊は「はあ、はい、そうですか」と相槌を打つだけでしたが、頭の中で
「私は妊娠できたのだ」
と自分に言い聞かせていました。
【妊娠反応3】ニ本線

5回目の移植で血液検査による陽性判定をもらった田熊はその日、家に帰ってやりたいことがありました。
多くの自然妊娠の人たちは妊娠がわかるとき、生理の遅れに気づき、市販の妊娠検査薬に尿をかけて判定窓に2本線を確認して陽性判定となります。
顕微授精をした田熊の場合はクリニックで指定された判定日に採血をして、受精卵が着床すると上がる血中hCG濃度の数値を確認して陽性判定となるため、検査薬は使いません。
体外受精・顕微授精の胚移植をして、妊娠判定日を待てずに自分で検査薬を使って妊娠反応が出ないか確認することを妊活界隈で「フライング」と呼びますが、田熊が過去の移植でのフライングで見た判定窓には一本しか線が出ませんでした。
二本線を見ること。
これがどうしてもやりたかったのでした。
「え、もうわかってるのに?まあ、やってもいいと思うけど」
とおっくんに不思議がられながらトイレにこもり、少し緊張しながら検査薬の採尿部分に尿をかけて水平なところに置きました。
1分を待たずして判定窓にジワジワと赤い線が浮かび上がり、それまで都市伝説なのではと疑っていた二本線がくっきり現れたのでした。
【妊娠反応2】報告

5回目の移植で初めての陽性判定をもらった田熊はしかしお腹の中でたまごが着床している感覚がないのと、それまで長いあいだ陰性しか経験してこなかったため、いざ陽性を告げられると感動や嬉しい感情などはすぐにはわいてきませんでした。
それどころか、ここまで陰性を繰り返している田熊を哀れんで、ついに塩先生が陽性と嘘をついたのではないかと少し疑いました。
(絶対そんなことはなく、完全に田熊の妄想です)
そんな疑いを抱いているとは塩先生に言えるはずもなく、全く実感のないままお会計を済ませて帰りの電車に乗りました。
家の最寄り駅にはおっくんが車で迎えにきてくれていました。
車で待っているおっくんを視界にとらえた時に、さて伝え方どうしよう、と一瞬迷いましたが、田熊がクリニックへ判定を聞きに行ったことを知っているおっくんに今更サプライズもできないし、落ち着いて向き合って話すといっても家に着くまでそのことを話題に出さないのは不自然で無理だな、と思い、すぐに考えるのをやめました。
田熊は車のドアを開けて助手席に乗り込み、シートベルトを着用してすぐに
「陽性だったよ」
と言いました。
おっくんは
「え?あ、おお、え?」
と変な声を発し、一瞬きょとんとした後、こちらに向かって片手を大きく掲げました。
田熊も片手を掲げて、二人でハイタッチをしました。