採卵当日。
田熊は8:30にクリニックを訪れました。
ベッドが1台置いてある小さなリカバリールームに通され、すぐに「麻酔が効きやすくなる注射」を打たれました。
その後、手術着に着替え(下はスッポンポン)、ベッドに腰掛けて待っているとドアがノックされ、看護師さんに呼ばれて処置室へ。
人工授精のときと同じ部屋だったので慣れた足取りで、看護師さんに言われるままに処置台にあがりました。
田熊の通うクリニックでは採卵の時は静脈麻酔一択なので右腕に点滴の針を刺され、左腕には血圧計が取り付けられました。
しばらくその状態で放置。
なぜかあまり緊張せずなんならちょっと寝そうになった頃、処置室への看護師さんの出入りが少し激しくなり、なにやらざわつき始めました。
「〇〇さんが同意書渡してくれないんです」
「え?怖くなっちゃって?」
「そう…」
「注射は打ったの?」
「まだなんです…」
「着替えも?」
「まだ…」
「え〜」
どうやら本日採卵をする予定の方が直前になって怖くてパニックになり採卵準備がまったく進められなくなってしまったそうな。
うっかり処置台で寝かけてた自分の心臓の強さに感心しつつ、田熊はその人が採卵できるのかどうなのか気になり看護師さんたちのコソコソ話に耳をそばだてました。
ところがそこで
「今から点滴で痛み止めを入れますねー」
と田熊の右腕で何かが開始されました。
「これは麻酔じゃないんですけど、だんだん頭がぼんやりしてきます。ここ(処置台)に上がるだけで心臓がバクバクしちゃう方もいるのでねー。眠くなってきたら眠っちゃってもいいですからねー」
と看護師さんが説明してる間にも喉の奥がスースーしてきて頭がジンワリぼやぼやしてきてなんと、耳から入ってくる音を脳味噌で言葉として変換できない!
〇〇さんの採卵準備はいかに…!
意識がふわふわするなか看護師さんたちのコソコソ話に焦点を当てようと試みていましたが、そうこうしているうちに塩先生がガラリとドアを開けて現れ
「麻酔お願いします」
という声が聞こえ、田熊はもはやここまで…と〇〇さんの採卵の行方を探るのを諦めました。