移植④の陰性を塩先生に告げられた田熊。
ショックはショックでしたが3回目までのズシンと重いものとは異なり診察室を出る頃には、なんだかそうなる覚悟がすでにできていたのかもしれないと考えたりしていました。
陰性宣告を受けるのも慣れたもんだわと待合室に戻った田熊の目にある光景が飛び込んできました。
待合室のソファに、幼児いる............!
田熊の通う不妊専門クリニックは子連れ禁止ではないのですが待合室に「内診・処置の際はお連れのお子様は一緒に入室できない」旨の張り紙がしてあったのでそこまでウェルカムでもなさそうだなという印象を抱いていました。
そして田熊は仕事終わり18時以降に行くことが多かったので同じように仕事終わりらしい成人女性と一緒になることがほとんどで、それ以外ではパートナーの方と一緒に来たのであろう成人男性をチラホラ見かけるくらいでした。
ですがその日は田熊は仕事を休み平日の午前中にクリニックに来ていたため、それまで1度もクリニックで見たことのなかった子連れの方に遭遇したのでした。
待合室には母子と田熊しかいませんでした。
その瞬間、妊娠出産までたどり着く能力が一度でも証明されている人と、4回目の移植がダメだったことを今さっき告げられた人という田熊にとって世界一惨めな対比図が生まれたのでした。
移植連続敗北している人とか流産手術後の人とかがわらわらいる不妊専門クリニックに幼児を連れてくる人っていったい...
それまで遭遇したことがなかったのにあえてこのタイミングで子連れin不妊専門クリニックに遭遇する田熊の不運がいけないのか...
女性は緊急で預け先がなく仕方なく連れてきたのかもしれないし...
二人目不妊だとしたらその女性も田熊と同じくらい大変な治療をしている可能性もゼロではないし...
そもそも田熊が陰性宣告直後に子連れ見てショックを受けているというのは完全に田熊だけの都合であってその親子には関係のないことだし?
先ほどまでの「今回の陰性そんなにショック受けてないかも〜」という感想が一瞬で吹き飛び、惨めさと苛立ちと疑問と道徳心とが脳内でせめぎ合いました。
頭の中でパニックを起こしながら知らぬうちに田熊が幼児をガン見してしまっており、それに気づいた女性が明らかに申し訳なさそうに焦っていることに気づきました。
田熊は幼児から目を逸らし、おそらく険しい表情のまま待合室の壁紙を凝視し、会計で呼ばれるのを待ちました。
このことがあったおかげ(?)で、陰性に慣れちゃったかもなんていうのは惨めさを受け入れられない故の誤魔化しで、「4回も陰性でショックを受けないわけがないだろう」と自分の気持ちを直視することができたのでした。